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プロジェクト3
2003.1.30

まちの環境浄化と産業育成・いますぐ新しいパラダイムを創りだせ

うち海浄化と産業育成はここから始まった
  広島県 兼田水産 兼田功氏
瀬戸の海が甦った・驚きと興奮の中での行政アクションとは
  広島県 安芸津町助役 山脇宏史氏
有明海の自然を自ら取り戻せ・そして豊漁からすべてを学べ
  福岡県 県議会議員 石橋保則氏、甦る有明海ネットワーク 山下寛治氏
<コーディネーター>  NPO法人 広島EM普及協会 事務局長 村瀬道幸氏
 


村瀬 皆さんこんにちは。それではこれより「まちの環境浄化と産業育成・いますぐ新しいパラダイムを創りだせ」ということで、パネルディスカッションを始めさせていただきたいと思います。
 最初に、本日出席してくださっているパネラーの方々のご紹介をさせていただきます。
 広島県内海町で、EMによる蘇生型の町づくりに努力され、また日本で始めての、EM有機海苔を商品化され、海苔の加工処理で大量にEMを使うことで、瀬戸内海をきれいにしていきたいということで、努力されている、兼田功さんです。
 続きまして、内海町モデルとして、未来の蘇生型の町づくりをめざして、平成12年の1月11日には、EMを活用して、安芸津町の環境衛生対策プロジェクトチームを発足させ、さらに昨年には住民の責務としてのEMによる環境美化、および浄化の条例を施行され、そのことにご尽力されました、広島県安芸津町助役の山脇弘史さんです。
 次に、有明海の再生のために、民の立場で公益の活動を進め、活躍なさっている、蘇る有明海ネットワーク代表の山下寛治さんです。そして、同じく議員の立場で活動に協力なさっている、福岡県会議員の石橋保則さんです。
 そして司会を勤めさせていただきます、NPO法人広島EM普及協会の村瀬道幸です。どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは順次、パネラーの方々にお話をお聞きしていきたいと思いますが、その前に、日本の近海の実態がどのようになっているか。海に面する自治体の抱える問題について、皆さんと考えていたいと思います。


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 瀬戸内海を例に見ますと、昔から瀬戸内海は、何百という河川がもたらす豊富なミネラル・養分が注ぎ、それがえさになって、植物プランクトンや動物プランクトンが発生し、それがまた魚介類のえさになるという、世界でもまれに見る、有数の漁獲の多い所として知られています。有明もそうです。しかし、ここ10年来より、海の汚染が極度に進み、今では昔に比べると魚種・漁獲が激減し、種によっては20分の1に減っているものもあります。
 こうした背景には、平成12年に、有明海諌早の赤潮の発生による、海苔の大不作問題がありました。そうしたことをマスコミが大々的に取り上げてきたように、瀬戸内海も含め、日本近海が今や、家庭から出る大量の生活排水、それから農業や工業排水などによって、水質の悪化が進み、確実に汚染が広がっているということが言えると思います。
 興業が進むにつれて、水門や河口堰ができて、さらに埋め立てが進み、天然の干潟が消失して、海の浄化力が低下しております。沿岸部では汚水で干潟がヘドロ化して、悪臭が漂っている所もあります。市町村が建設を進めている浄化センターも、塩素処理などをして放出される、窒素、リンの富栄養化現象もあり、汚染が広がっています。
 そうした海に赤潮が発生し、その赤潮の死骸がまた底質にヘドロ化し、酸素が少ない、貧酸素の状態になって、だんだん生命が住めなくなっているというのが実態です。そういう中で、有明海や瀬戸内海は、日増しに生物が住めない状況となっているわけです。
 このことは結果的に、我々すべての人間に循環し、我々の健康と生活に戻ってくると言えると思います。今こそこうした問題の解決のために、人類の英知が必要になってくると強く思われます。
 さて、有明海と瀬戸内海の、汚染の実態を説明いたしましたが、今日はそうした現状にあって、「まちの環境浄化と産業育成・いますぐ新しいパラダイムを創りだせ」ということで、未来に希望を与える、先進的な役割を担って、取り組んでくれている、内海町と安芸津町、そして有明海の3つの事例を共に学び、どのようにすれば問題解決の糸口が見出せるのか、そして瀬戸内海や有明海がどのようにして蘇っていけるか、ということを、皆さまと一緒に考えてみたいと思っております。
 それでは最初に、内海町の兼田さんにお話をお聞きしたいと思います。内海町では、EMを活用した海苔の加工によって、10万トン以上のEM処理排水が流れて、それが河口堰のヘドロを消したり、あるいは田島沖に流れることによって、魚介類がわいて大きな経済効果をもたらしています。そのことは全国の話題となって、日本の海を蘇らせる運動の発祥の地として、先進的な役割を担っています。
 それらの具体的なことについてお聞きしたいと思いますが、まず最初に、この10万トンのEM処理した水が、田島沖に流れることで、近海の漁場がどのように変化し、魚種・漁獲にどのような影響があったか、この辺をお聞かせいただきたいと思います。

兼田 広島県沼隈郡で、海苔の養殖に従事している兼田功です。EMを導入して6年目になりますが、年を重ねるにつれ、EMの持つすばらしさと、その可能性にびっくりさせられています。EMは単なる技術を超え、真の文明社会を築く、本物の技術として大きな役割を担っております。我々の未来に、夢と希望を与えてくれると確信いたします。


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 12月に入って、海苔の刈り取りと加工が始まりますが、その加工時に、EM処理した海水1600トン、真水40トンを流すことで、排水路に溜まっていた、深さ約70センチ、長さ500メートルのヘドロが一瞬のうちに消えました。さらに河口堰に10センチほど溜まっていたヘドロも、完全に消すという現象が起こりました。本当に信じられないと思います。さらに大変な副産物は、いまだかつて取れたことのないトリガイが、大量発生しました。その時は、約40隻の船が操業に出て、約4千万円の水揚げがありました。翌年は4倍のトリガイが発生し、潮の流れで因島から百貫島まで漁場が広がって150隻におよぶ船が操業に出て、数億円の水揚げを記録しました。




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 田島沖に毎年10万トンのEM処理水が流れることで、結果的に、潮の流れによって因島や笠岡市にも広がり、カタクチイワシ・ワタリガニ・ナマコ・イカ・シャコ・エビなど、魚介類が復活してきています。経済的には、30億円にもなると言われています。



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 特にデータで見ると分かりますが、田島沖の水生生物、これはカタクチイワシなどの魚介類のことです。漁業に携わる走島の漁業組合の水揚げ実績は、平成10年に最低の221トンに落ち込んだのが、平成11年に上昇し、平成13年には3倍の628トンに急増し、漁獲の復活を見せています。

村瀬 田島沖の方の漁獲も増えてますが、尾道市の方でも、アサリが大量に発生したということがありますがその点について聞かせてください。




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兼田 約10キロ離れた尾道市の山波の州は、昔からアサリがよく取れることで有名だった所です。しかし平成10年ごろになると、まったく取れなくなってしまいました。その山波の州にも、EM処理した10万トンにおよぶ排水が、潮の流れによって流れ、そこでもアサリが復活して、潮干狩りができるようになっております。



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 特にデータを見ると分かりますが、山波の州のアサリの漁獲は、昭和63年は、最高の約1500トンであったのが、その後減少して平成10年には、最低の88トンに落ち込みました。20分の1になったのです。その時は州に黒くヘドロが溜まり、稚魚をまいて育てても出来なかった状態でした。
 それが、私がEMを流したことで、平成11年を境に上昇し、現在は十数隻の漁船が繰り出し、一隻あたり鋤簾で約1トンとっているそうです。砂を撒いたように増えてきています。また潮干狩りでも、平成10年には、年間1500人しかこなかったのが、平成14年には、年間2万人を超えるまでになり、一人当たり10キロも取れるそうです。
 マスコミなどにも取り上げられ、漁業関係者も大変驚いており、県の行政関係も注目しています。田島沖の海苔の生産額も増加しており、間違いなく、田島沖の瀬戸内海は、蘇生していると思います。今年は雨が少なく、異常気象だというのは、皆さんもよく分かっていると思いますが、海苔業界では、私たち48年から始めてますが、初めての体験です。瀬戸内海を始め、九州の有明海では、年内から色落ちしてきて、瀬戸内海では岡山県、香川県、兵庫県は最初から無札という状態です。しかし、田島沖と愛媛県の弓削や百貫島の一部では、黒く、入札で本物の海苔が取れています。これはEMの働きだと、私は信じています。

村瀬 そういった経済効果が、30億というレベルで起こっているということです。それと兼田さんが作られる海苔ですが、これは塩素処理や消泡剤などを、まったく使わない、日本で初めての有機海苔ということですが、その特徴について、お話いただきたいと思います。

兼田 私の産んだ子を私が言うのは、非常に恐縮でございます。本当に事実、私の体で体験したことを述べさせていただきたいと思います。


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 これがEM処理した、日本で初めての有機海苔として製品化したものです。黒光りして光沢があります。やわらかく、味がよく、高品質の海苔に出来上がっています。この海苔には抗酸化物質が多く含まれています。塩素処理や消泡剤、薬品を使わない、初めての有機海苔を製品化することが出来ました。海苔業界では画期的なことと思います。



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 この海苔は平成11年12月に、EM加工して取れた乾燥海苔です。3年経っていますが、一切変色せず、黒々としています。まったく腐敗しない海苔であることを実証しています。通常の海苔は半年すると赤く変色し、腐敗しますので長く保存できませんが、熟成すればするほどおいしい海苔になるのはEMの有機海苔しかないと思います。これは海苔業界では決して信じられません。



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 抗酸化物質であるビタミンCは、通常の海苔の約4倍あります。とても健康に良い海苔であることが分かります。自然食品で知られるムソウも扱うことになります。本物の海苔を消費者に提供することで、全国的に評判を得、海苔に対しての有機の概念が消費者に認識されれば、全国の海苔業界も本腰を入れて、EMを活用することになります。そうすれば、大量のEM処理した水が海に流れれば、瀬戸内海の蘇生、いや全国の海の蘇生が一挙に進むと信じています。EM有機海苔に対する、流通業者と消費者の理解を強く願っています。 
 常日頃EMの指導をしてくれている、村瀬さんとよく話すことですが、結局は人の心が一番大切であり、人は自然に生かされており、自然を尊敬して初めて恩恵を受けることができると思います。今世の中は、お金が大切になって、自然や命が後になりすぎています。自然や社会を良くしていく、高い志を持って、成功するまであきらめない、飽きずあきらめずの精神で、本当の生き方を求め、人と真に結び合い、力を出し合っていけば、必ず創造と発展がもたらされ、瀬戸内海もきれいになっていくと私は信じています。ありがとうございました。

村瀬 本当に、十分に言い尽くせない部分がありますが、どうか皆さん、そういう兼田さんの思いくみ取って取り組んで行くならば素晴らしい結果が得られるのではないかと思います。
 それでは次に、安芸津の山脇助役にお聞きしたいと思いますが、安芸津町では、住民の6割に値する、2600所帯の方々が、環境浄化に取り組んでおり、短期間の内に、河川や海が浄化してきました。このことについてお聞きしたいと思います。未来型の蘇生型の町づくりの、官民一体取り組みのモデルとしての町の働きを、いろいろお聞かせいただきたいと思います。
 最初に、住民の責務としての、EMによる環境美化、および浄化に関する条例を施行された。これは非常に自治体としては珍しいことですが、その施行への願いについてお聞かせいただきたいと思います。

山脇 広島県の安芸津町です。美化条例についてですが、普通美化条例はどこでも作っているんですが、、安芸津町ではなかなかできず、平成13年の12月1日にようやく施行してます。


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 これはポイ捨て条例というんですが、もともと私たちは、平成12年に、EMを本格的に取り入れていましたから、これを全町的に普及・繁栄させ、みんなで協同してやろうと考えました。基本の根拠になるものがないと浸透しにくいだろうということです。ここが安芸津町美化および浄化に関する条例が他と違うところです。
 ゴミの問題は、以前は行政の責務があったんですが、最近の多様化によって、行政だけでは処理しきれないという状況が出てきました。行政・住民・事業者・占有者の責務といった、お互いが責任分担して、ゴミ処理と、環境浄化しようというのがこの条例の狙いです。
 住民の方は第4条で、EMを使うことを努力義務づけるということを、条文化しております。他で条例化したところはないと聞いて、私もびっくりしたんですが、うちのほうは住民も議員も認めていただいて条例化できております。

村瀬 そういう中で、役場では培養器2台を設置し、1ヶ月26トンの活性液を作って、それを住民に配布している。また米のとぎ汁の環境運動を進めたり、牡蠣養殖にも活用して、いろんな効果が出ているというそのさまざまな効果について、お話いただけますでしょうか。

山脇 EMを家では風呂に使っていただいて、その残り湯を流してもらっています。その排水が、安芸津で一番海に近い、干拓地の水路に出ます。昭和30年代にできた干拓地ですから、非常にヘドロが溜まって、多い所は1メートルくらいあります。


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 ここは、ヘドロが50センチから30センチ減った所なんですが、昨年の6月、参議院議員のツルネンさんがこられた時の視察箇所です。



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 安芸津は16キロが海に囲まれていまして、ここ最近、きれいな海にならないと植生しない甘藻が、あちこちこういった形で発生しております。



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 安芸津町は白魚、本当は「しらうお」と言うんですが、これが名産で、2月、3月ごろ上がってきます。ここは網を設置する所ですが、ここも漁業者の意見ではきれいになったということです。白魚も増えております。漁獲量は教えてもらっていません。良いことは事実なんですが、業者は良いことは教えてくれませんで……。悪いことだけ教えてくれるんです。(笑)



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 湾には牡蠣筏が、700から800くらいあります。ここは、水深が約10から15メートルの遠浅で、30年代から牡蠣の養殖をやっていますので、牡蠣の糞などで状態が悪いので、去年から牡蠣筏の下に、EM泥団子を投入しております。最近、豊田高校の生徒含めて、3万から4万投入しています。これは牡蠣のつるしてあるもので、6〜7メートル長さがあります。

村瀬 安芸津町は短期間でさまざまな効果が出て、本当に産業育成が進んでいると思います。そういった動きが起こってきた背景の中に、2600所帯の多くの方々が動いてくるという、官民一体のシステムが、安芸津町の特徴になると思います。そのあたりはいかがですか。



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山脇 ゴミや環境浄化については、行政の責務もあるんですが、行政主導型ではなかなかできないだろうという考えが出まして、官民の協同体制と、官と民が対等に立って、企画立案から一緒にやろう、ということで「環境衛生対策プロジェクトチーム」というのを発足しております。これは民の方がチーフです。私は行政の側のプロジェクトを担当しています。私は班長ですが、民のチーフと私が連携して、企画立案し、事業実施していくということです。
 この原点になっているのは、安芸津町世代間交流推進運営委員会というのがあります。これは平成11年に発足しました。これからの少子高齢化社会において、官主導でなく、官民一体になろうという形の原点がそこにありまして、それをもとに、環境衛生対策プロジェクトチームを発足させ、この世代間交流事業の中でも、官民の協同体制の一番の見本という感じになっています。現在、民のかたがボランティアで朝7時ごろから来て、この活性液を作っていただいたり、一緒にがんばっております。これが早く浸透した結果だろうと思っています。

村瀬 安芸津の官民一体のあり方は、近隣に広がっておりまして、今は広島県の県庁も、この安芸津の官民一体のシステムを、地域づくりに是非取り入れようということで動いてきております。これはきっと全国に広がっていくことになると思います。


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 こんどは有明海に移りますが、平成12年に有明海が大不作になり、皆さんもマスコミで聞かれたと思いますが、その時に私は大牟田に招かれて、200人くらいの漁業関係者やボランティアの方々の前で、内海の事例のお話をしましたら、大変感動されて、その後30人くらいが兼田さんのところに視察にこられて、そして希望を持って帰り、その後、有明のじゃぶじゃぶプロジェクトや、ネットワーク作りが、再生に向かって進展していったということです。
 最初に山下さんお聞きしますが、有明海の環境浄化運動はどのようにして起こり、どのように地域に広がったんでしょうか。

山下 こんにちは、蘇る有明海の多くの方を代表して報告いたします。


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 私たちのEMじゃぶじゃぶプロジェクトは、最初は長崎・福岡の2つの県の19の団体、次に2002年度は長崎・佐賀・福岡・熊本と、4つの県をむすぶ、31団体で実施した、EMの普及活動です。



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 主に始めの2年で共通したことは、4月から10月までに26回、1トンタンクに毎週EM活性液を作りました。ペットボトルでは1000本分になります。最初の年が500トン。ペットボトルでは50万本、一部は米のとぎ汁やどろ団子、ぼかしにして使いました。広域の参加団体が有明海を包む、広い分水嶺から流れてくる流域全部でです。そして結果、それぞれの団体の生活圏を浄化し、そして有明海を蘇らせました。黄泉から帰ったんです。ようするに、一人の婦人が言っていました、「私たちは地獄を見たんじゃないの?」と。本当に死の世界から蘇った、蘇りつつあります。そして結果は数字で現れています。
 海はずっと歴史を通していためつけられてきました。そしてついに海苔が全然取れなくなった。2000年の秋から大凶作が発生しました。10年間、私と妻はEMの実力と、比嘉先生の精神を学び続けていましたので、この運動が始まったのも、これはEMによってしか救えない、EMが救うことができると考えたためです。 
 ただちに行動を起こし、研究機構の福岡事務所の所長に電話して、「福岡県を救ってくれ」と頼みました。そしてその手立てとして、まず県を動かそうと考え、県の生活労働部長に電話をして、会談のセッティングをしました。水産部長、環境部長らに働きかけましたが、結果、成功しませんでした。が、県内で、議員の石橋さんと、私たちの代表を通して、代表質問などで、議会ではEMという言葉は、繰り返し述べられております。よって議会は進んでおりますが、県はまだ動いていません。
 そのような手配をして、私と家内は柳川、大川、越えて佐賀と引き回されて、比嘉先生のEMはなんなのかということを、実例として兼田さん、中川さんの例を話し、EMを知らない人たちに、説いてまわりました。40キロくらい、時間で40分以上かかる所や、有明海には行ったこともないんですが、何十回と行きました。ある月には25回も歩きました。
 結果、研究機構が答えてくれて、1年間で、県を動かそう、そして有明海周辺の人たち、EMを知らない人たちに希望を与えようということで、4月から、「EMじゃぶじゃぶプロジェクト」が始まりました。大牟田ではエヴァクラブの堀 円治 会長を中心に、それぞれのところの、新しくEMを知った人、あるいは前からやっている人たちが参加して、それが19団体ありました。


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 そして生み出したものは何か? 有明海が蘇りました。そして蘇る有明海ネットワークが生まれました。EMの実力と、比嘉先生の人柄を知った人たち、そして村瀬さんを始め、さまざまな有能な方の講演会に参加し、喜びと希望に変わっていきました。「地獄を見たじゃんの?」と言ったおばちゃんたちが「いや、これから希望がある、そして私たちは有明海のおかげで生きていける」と。来年、その次まで不作がつづいたら、借金の返済は生命保険しかないと、そういう状況まで落ち込んでいたんです。
 そこで、ジャブジャブの生み出した新しいものですが、雑草が一本も生えない米づくりを、比嘉先生と白土さんの指導で、私の田んぼで実現しました。そして諌早にできたエモスという新しい会社が、その液を販売することになりました。私の米づくりは、筑後地方ではどんどん広がっています。
 EM活性液を作る、百倍利器に類したを会社が2つ、そして学校教育にもEMが入ってきました。そして、EMを知った人たちのうねりが、柳川周辺で起こっていました。市長選がありまして、EMに出会い、EMを知り、EMで掘割を浄化すると約束した有能な候補者が当選しました。今は市長さんですが、その差は200票、300票弱という、奇跡的な勝利でした。
 このようにして、1年目のじゃぶじゃぶ作戦は、県を動かせなかったというのはありますが、生み出したものはすばらしいものがあります。いろんな参加した方々の喜ぶ顔を全部見せたいんですが、時間の都合でできません。
 2001年の12月になって、比嘉先生とUネットの委員長、浜渕氏の臨席をいただきまして、蘇える有明海ネットワークが発足いたしました。
 目的は4つ立てました。県を動かすというのは入れませんでした。どうせ動くだろうと。ああいう巨漢をうごかすのは大変だから、小船で動こうということになりました。福岡県と長崎県の諌早だけでは有明はきれいにならない、ということで佐賀県、熊本県も含んだ、全域の31団体で行いました。
 初年度は、EM研究機構が行ったものに参加したという形でしたが、今度は自分たちで、自分たちの費用7万円づつ負担して、やりぬきました。年間800トンの活性液を作り、そして、地域・健康・教育・産業、あらゆる面での変化を引き起こしました。
 4つの目標とは、じゃぶじゃぶ作戦を自主的にやること。またインストラクターを養成し、250名以上になりました。水質浄化全国大会も開催しました。広域ですから、会員の交流が是非必要ということで、諌早市と柳川市で2回、行いました。そして、熊本の帯山・天草、佐賀の北方、今まで親交のなかった人たちにもおいでいただき、全国のEMグループとの交流が行われました。

村瀬 いろいろ展開していく中で、結果的に海の不作の問題が、今どのようになったか、ご説明おねがいします。



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山下 不況をはさんだ4年間で見てみると、一番がんばった大和高田漁業は72億、77億、73億、そして不作の時は22億に落ち込みました。そして泥団子を最高十何万個入れたら、91億4千万という4倍以上の売り上げになったんです。それから柳川市の漁協の柳川大川は71億、66億、31億と、落ちてきましたがそれを70億までかえしました。大きなところより、こういう単一のところが非常に際立った数字がありますのでご記憶いただきたい。不況をはさんだ4年間です。12億、6億、一番悪い時は4億、そしてじゃぶじゃぶ作戦で、17億になりました。蘇ったと言って間違いないと思います。泥団子の周辺もあさりや魚介類も、生物がたくさんいます。
 今年も有明海はよく取れました。豊作の年の6割増しの枚数が取れたんです。平均では5割増えました。ただ、買う方の海苔業者さんたちがこんなに取れるならと安値をつけてきました。(笑)というわけで、EMは、高品質、高収、そして継続ができます。プラスしていくんです。

村瀬 皆さんの取り組みで大きな成果が起こってきているということでございます。そういった動きの中で、官の中での理解や協力という部分を、お話いただけますか。

石橋 私の県会議員という立場で見て、皆さんのボランティアの活動、妻も参加していますが、その効果は確実に上がってるわけです。ところが行政はそういう地域の人たちの取り組み、活動に学ぶという姿勢がなかなかなく、「こうしてやります」、といったきらいが多かったんです。私も県議会の中で、なんとかEMを使って、地域の活性化、環境浄化を行う必要がある、と同時に地域の方たちの運動を、行政としてどう踏まえながら、一緒に住民の方と取り組んでいくのかと、いうのを是非行政に立っていだだきたいという立場で、県議会でも再三質問し、問題提議をしました。
 ただ、なかなか役所の方は、新しいことに積極的に取り組むという姿勢が少ないかたが多い。何とかこれを打ち破っていかないといけない、いうことで、1つはEMを活用した、各地域の実態について、ぜひ県は認識すべきだと考え、問題提議しました。もう1つ、EMを使って、環境浄化をするために、県が主体的にまずEMの有用性について研究すべきだと。併せて有明海の海苔栽培に、EMを使う研究をしてほしい。有明海に県の試験場があるので、そこで研究していただきたいと。その結果少し、行政の風穴が広がりました。
 こういった地域のボランティアの方々の活動は、まだ「点」なんです。しかし貴重な点です。この点をどう、面的に広げていくか、それが初めて地域全体の環境浄化につながっていく。そういう意味で行政の役割は、非常に大切だと思います。私も皆さんの全国の取り組みに学びながら、県議会の中でがんばり、次の機会ではこうなりました、という良い報告ができるように、努力していきたいと思っております。

村瀬 今回4名の方からいろいろをお話をうかがった中に、今後の私たちが成していくヒントがあったと思います。それを学び、実践し、広げいただきたいと思います。この大会を通して、皆さんが官民一体で、こういう運動を広げていただけるように進めていけば、必ず瀬戸内海も有明も、またいろんな海もきれいになって、しいては日本列島すべてがきれいになっていくと思います。
 時代や価値観が大きく転換する中で、利己から利他へ、競争から協調へ、物から心へと変わってきます。そうした社会の中で、形づくり、実現していくためには、結局我々一人ひとりの意思行動が大事なのではと思います。一人の発見・発想・行動が周りを変えます。どうか皆さん、今日得たヒントを1つ持っていただいて、学んで、実践しなければ、学ばないと同じですから、学んだものを実践していただいて、自分の中で、感動し、喜びを持っていけば、必ず次の希望が見えてきます。美しい地球を創りたいと思います。ありがとうございました。







EM-EXPO 2003